ASPPS

保護アミノ酸ナノ会合体を利用した環境調和型・水中ペプチド合成技術

水を溶媒とする新しいペプチド合成法で、高純度・低コスト・低環境負荷を同時に実現する

1. 研究の背景 ―― なぜ「水中合成」が必要なのか

ペプチド医薬品や機能性ペプチドの製造で広く使われているのが、固相にペプチド鎖を担持しながら鎖を伸ばしていく「固相合成法」です。装置化や自動化に適した手法として産業界でも主流となっていますが、長年にわたり次の3つの課題が指摘されてきました。

  • 高純度合成が難しい(アミノ酸が立体構造を失う「ラセミ化」が起こりやすい)
  • 有機溶媒(DMF)を大量に使用するため、環境負荷が大きい
  • 溶媒・試薬コストがかさみ、製造コストが高い

この状況に大きな転換点をもたらしたのが、2023年の規制強化です。ペプチド合成で全工程にわたって使われる代表的な溶媒DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)が欧州のREACH規制の対象となり、EU域内での使用が禁止されました。この流れは世界的に広がりつつあり、DMFに代わる溶媒として「水」を使う合成法の開発競争が、国内外の研究機関・企業の間で一気に激化しています。 ただし、水を溶媒として使う技術はまだ発展途上で、製造現場で求められる自動化を実現した技術はこれまで存在しませんでした。また、従来の有機溶媒を使う方法では、ラセミ化を完全に抑えることも困難なままでした。

そして今回、保護アミノ酸が水中で自発的に形づくる「ナノ会合体」を利用するという、新しいアイデアに基づく水中合成技術を確立しました。この技術は、高純度合成・環境調和・低コストという3つの課題を一挙に解決できる可能性を持っています。現在は、この技術をさらに発展させ、全自動化された固相合成システムの確立を目指して研究を進めています。

図1 環境調和型水中ペプチド合成が目指す姿 ―― 3つの課題を一挙に解決し、全自動化技術の確立へ

2. 技術の特徴 ―― 「水に溶かさない」逆転の発想

ペプチドの化学合成法には、液相合成法、固相合成法、タグ液相合成法などいくつかの方式がありますが、実験操作が簡便で全自動合成に適していることから、固相合成法が現在の主流となっています。固相合成では、固体(樹脂)の上でペプチド鎖を伸長させながら、液体の試薬を反応させていきます。つまり、固相反応は本質的に「液相と固相の不均一系反応」です。

そのため、水中で固相反応を効率よく進めるには、これまで「保護アミノ酸を水に溶かす必要がある」と広く信じられてきました。実際に保護アミノ酸を水溶性に改良する研究も数多く行われてきましたが、根本的な解決には至っていませんでした。

この発想を形にしたのが「保護アミノ酸ナノ会合体」です。これは、次の3つの成分を一定の割合で混ぜ合わせるだけで調製できます。

  • 水に溶けにくいFmoc保護アミノ酸
  • 塩の構造を持つ水溶性の縮合剤
  • 有機塩基

この3成分が水中で自発的に集合し、ナノメートルサイズの会合体(粒子)を形成します。調製は混合操作だけで完了するため非常に簡便で、天然のアミノ酸だけでなく、非天然型のアミノ酸誘導体にも広く適用できることが確認されています。

図2 保護アミノ酸ナノ会合体 (A) 会合体の構造イメージ (B) チンダル現象(光の散乱)による会合体形成の確認 (C) 動的光散乱(DLS)による粒径測定(平均粒径 12.57±3.242 nm)

興味深いことに、このナノ会合体を固相反応に使うと、保護アミノ酸を水に溶解させて反応させる場合よりも反応がスムーズに進むという、特異な「反応加速現象」が観察されました。さらに、アミノ酸が立体構造を失うラセミ化が抑えられることも確認されています。つまり、水に溶けにくいことを逆手に取ったこのアプローチが、効率と品質の両面で従来の常識を超える結果をもたらしたのです。

3. 技術による水中合成の成果

当研究室では、このナノ会合体を利用したセミ自動合成プログラムを開発し、実際のペプチド合成に適用しました。

図3 ナノ会合体を用いる水中固相合成(ASPPS)の流れ ―― ナノ会合体による水中カップリングと脱保護を繰り返し、ペプチド鎖を伸長する

この合成プログラムにより、医薬分野でも重要な以下の2種類のペプチドの水中合成に成功しています。

  • Leu-エンケファリンアミド(5残基のオピオイドペプチド)
  • β-エンドルフィン(31残基の比較的長いペプチド鎖)
図4 水中合成結果1:Leu-エンケファリンアミド(H-Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu-NH₂) 目的物の生成率96%という高純度での合成を達成
図5 水中合成結果2:β-エンドルフィン (1-31) 31残基という長いペプチド鎖でも、水中合成で56%の生成率を達成

短いペプチドであるLeu-エンケファリンアミドでは96%という高い生成率を達成しただけでなく、31残基という長い鎖長を持つβ-エンドルフィンでも56%の生成率で目的物を得ることに成功しました。鎖長が長くなるほど合成は難しくなるのが一般的ですが、この結果は本技術が実用的なペプチド長においても十分な性能を発揮することを示しています。

現在は、このセミ自動プログラムをさらに発展させ、全工程を自動化した固相合成システムの確立に向けて研究を進めています。ラセミ化を抑えながら高速・高純度に合成でき、かつ環境負荷の小さい全自動合成技術が実現すれば、SDGsに適合したペプチドの安価な供給体制の構築と、その技術の社会への普及につながると期待しています。